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通常,分類学の世界では生物の遺体と向き合っているので,死んでしまったものに対する畏怖を薄れさせてしまったのではないかと自身の感性に不穏な肌触りを覚える時がある.ことさらに生きているものに感情移入をするよう言い育てられてきたため,それができない何かを感情的に理解することは本来的に無理があるのかもしれない.おさわり探偵なめこのぬいぐるみなど,人形に対する愛情は,どうして死体を相手に抱いてはいけないのか?そのタブーは,おそらく精神だとか生命だとかを敬虔なものとして別置するために必要な舞台装置であろう.

バイオ・スモトリが暗黒世界で活躍したり,人間型のロボットがすき屋で牛丼を給仕したりデパートのフロアガイドをしてくれる時代は一部現実的になってきた.アシモなど,人間らしさについてはある程度まではユーモアやかわいさとして認められるが,ある閾値に近づくと途端に違和感や気味の悪さを感じて感情移入できなくなる.これは,いわゆる不気味の谷として知られている.現代社会は心地よいとされているものにポジティブなイメージを結びつけることに慣れきってしまっており,それはすなわち不協和な世界を慎重に排除する姿勢に結び付きやすい.しかして一方で我々一般人は理性的でいつも愛情に満ちた善人「ではない」ため,安楽な世界を標榜しても,逆接的にその心地よさから零れ落ちた心細さや不穏さにこそリアリティを感じるひとびとにあふれかえっている.おそらく,そういった忌避感をともなう感覚に没頭するというか,直視することは当人にとって幸福追求の具体的な代替行為として機能しているのではないか.だとすれば,不幸感や不気味さの価値とは決して低くないのではないか.

ロン・ミュエクの超絶技巧による人物造形は,あまりにもリアルにも拘わらず人の何倍も巨大で,展示を直接見た人は言葉を失うのではないだろうか.形態以外どこも人ではない虚ろな雰囲気をまとった人工物が,都会の雑踏ですれ違った誰か以上に存在感を持っているのはなぜか.僕が彼を知った最初の作品は,たしか新生児のフィギュアだったと思う.人形は人形のまま古くなるだけだが,人間であったら彼女は今頃10才くらいに育っているはずだ.しかし,彼の作品は特に老いと生命力(力強さだけではない)の表現に特筆すべきものを感じる.死んだものが死んだまま,老いたものが老いたまま今後も美術館で存在し続けることは,人の苦しみ(生,死やビョーキ,トシヨリ,ヨロシサン)に対する強烈なシニシズムといえよう.そのような視点からすると,10/9発売号の週刊ヤングジャンプのグラビアとして篠田麻里子とのツーショットは喜劇的な問題提起である.実体がそのまま残る美術作品と違い,アイドルは若さの残像をメディアに残すのみであることが宿命づけられている.

50年後,集英社は同じ組み合わせで特集を組んでくれないだろうか.おそらくミュエクは故人となっており,彼の作品は当時のままであり,篠田は大きく姿を変えてしまっていることだろう.今回の十和田市現代美術館を舞台としたグラビアでは,ミュエクのワンショット以外魅力的なショットは見られなかった.画面構成でなく人物に焦点があるのは仕方ないし,引きで撮れなかったのは作家の作品契約の関係もあるかと思う.そして50年後,購読者は紙面のどこをみるだろうか.

ちなみに,ウェブ化する我々の身体的,心理的感性は時間性や地域性をとっぱらって行く方向へ今後も突き進むことは間違いないので,ある時期から不気味の谷そのものが相対化された排外主義のなかに吸収されてしまうかもしれないとも思っている.だとしても,仏壇に手を合わせるように,お盆や法事にピザを食べながら故人のつづったブログを眺める親族の姿を,我々はまだしばらく受け入れられないと思う.






ちなみに本稿はジョークです.
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